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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)2510号 判決 1967年4月27日

被告人 岩男是命 藤原重利

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

(公訴棄却の申立に対する判断)

被告人及び弁護人は、本件公訴は労働組合の破壊を目的とし且つ罪とならぬ行為に対して公訴権を濫用したものであり、著しく正義に反するから棄却されるべきであると申し立てている。その要旨は、本件捜査において、捜査警察官が本件の原因をなしている争議の一方当事者たる関扇運輸株式会社からたびたび酒食の提供を受けるなど、両者の不公正な癒着が認められること、捜査、検察当局は、同会社が右争議において数々の不当労働行為をなしていることを知悉しながら労働組合のビラ貼り活動のみを一方的にとりあげて捜査及び起訴をなしていることからして本件公訴はあきらかに本件ビラ貼り行為が組合活動なるが故にとられた報復措置であり、組合破壊を目的としたものであつて、刑事訴訟法二四八条の起訴便宜主義の裁量をも著しく逸脱しているというのである。

よつて右申立につき判断するに、証人藤崎功(第一〇回公判)、同寺沢喜代次(第九回公判)、被告人両名(第一二回公判)の当公判廷における各供述、許可願と題する書面添付の領収書、請求書、歳暮贈呈先明細書等によれば、前記争議の進行につれて警備警察官の労働組合員に対する監視が強められていつたこと、関扇運輸株式会社淀川、津守各営業所に警備あるいは捜査に来ていた所轄の淡路、西成警察署員が、同会社から食事を提供されていたこと、淡路警察署の交通課員や警備課員は同会社から歳暮や餞別を受けとつていたことが認められるのである。これは公平中立の立場でその職務を遂行すべき警察官のあり方とは認め難く、ことに労働争議の最中にその一方当市者とこのような状態で争議の現場に臨み、警備あるいは捜査を行うことは争議への不当な介入と捜査の不公正を疑わしむるのが当然であり、かかる不公正な捜査官による捜査に基いて公訴が提起されたとすれば、これを公訴権の濫用なりと疑うのも無理からぬところである。

そして労働組合活動が他の法益を侵害しても、換言すれば建造物損壊や器物毀棄、その他の犯罪にあたる場合でも正当な組合活動であれば刑法三五条の適用により可罰性を失うことは労働組合法一条に明文の存するところである。しかしながら労働組合活動としての建物や器物に対するビラ貼り行為については、従来幾多の有罪判決が存在し、また使用者側の不当労働行為が常に労働組合員のあらゆる組合活動を正当化するものでもない。また前記のような捜査官の不公正は、その作成にかかる実況見分調書その他の証拠能力及び信憑性に強い疑を生ぜしめるけれども、いまだこれを以て本件公訴提起自体を組合破壊を目的とし且つ罪とならぬ行為に対し公訴権を濫用したものとはなし得ない。

(無罪理由)

一  本件公訴事実

本件公訴事実は、

被告人両名は、関扇運輸株式会社の元従業員で、大阪市東淀川区下新庄町一丁目三六三番地所在、同会社淀川営業所に勤務していたものであつて、被告人岩尾は同会社従業員の一部をもつて組織する総評全国自動車運輸労働組合関扇運輸支部(以下組合と略称)の副執行委員長、被告人藤原は組合執行委員であるが、右会社と組合との間に労働時間管理強化、第一第三公休制実施問題に関して発生した労働争議中、被告人両名は、同会社が大阪アサノコンクリート株式会社より借り受け右営業所の施設として管理使用している建造物並びに器物にビラを多数貼りつけてこれを汚損損壊しようと企て、組合員西丸巨剛他一三名と共謀のうえ、

第一、右目的をもつて、昭和四〇年一月一日午後一時頃右営業所長藤崎功が看守する

一、同営業所の事務室、職員宿直室が存在する木造平家建建物内

二、同営業所の従業員控室、仮眠室などが存在する木造二階建建物内

にそれぞれ侵入し、もつて故なく人の看守する建造物に侵入し、

第二、右西丸巨剛他一三名と共同して、前同時頃から約二時間にわたり、

一、第一、一記載の建物の

1  壁、天井、開戸に、「団結」「通交法による二重処分反対」「原潜寄港反対」などと墨書した新聞紙のビラ合計約七八枚を

2  同建物備付けの窓ガラス戸二九個、出入口引戸二個に前同様のビラ合計約八八枚を

それぞれ糊で貼りつけ

二、第一、二記載の建物の

1  壁、天井、開戸に前同様のビラ合計一四三枚を

2  同建物備付けの窓ガラス戸二三個、出入口引戸九個に前同様のビラ合計約七九枚を

それぞれ糊で貼りつけ、

もつて大阪アサノコンクリート株式会社所有の建造物を損壊するとともに、数人共同して同会社所有の器物を損壊した

というのであり、罰条として第一について刑法一三〇条、第二、一、1及び第二、二、1について同法二六〇条、第二、一、2及び第二、二、2について暴力行為等処罰する法律一条が掲げられている。

以下当裁判所の認定事実は、<証拠略>を綜合して認定したものである。

二  被告人らの本件ビラ貼り行為

被告人両名は、関扇運輸株式会社(以下会社と略称する)の運転手として大阪市東淀川区下新庄町一丁目三六三番地の同社淀川営業所に勤務し、被告人岩男は、会社従業員の一部をもつて組織する総評全国自動車運輸労働組合関扇支部(以下組合と略称する)の副執行委員長、被告人藤原は、組合執行委員であつたが、会社と組合との間に労働時間管理強化、第一、第三公休制実施問題に関して発生した労働争議中の昭和四〇年一月一目午後一時頃、被告人両名は右営業所の施設に組合活動の一環としてビラ貼りをする目的で組合員西丸巨剛他一三名とともに同営業所(当時所長は藤崎功)の(一)事務室、職員宿直室が存在する木造平家建建物(間口約五・五米、奥行約六・四米)内と(二)従業員控室、仮眠室などが存在する木造二階建建物(東西約一二米、南北約五・六米)内に入り、右西丸巨剛らと協力して二ツ切ないし八ツ切の新聞紙に「団結」「組合破壊合理化反対」「道交法による二重処分反対」「原潜寄港反対」などと墨書したビラを(一)の建物の壁、天井、開戸に合計約八〇枚、同建物備付けの窓ガラス戸二八個、出入口引戸二個に合計約八六枚(二)の建物の壁、天井、開戸に合計約一四三枚、同建物備付けの窓ガラス戸二三個、出入口引戸九個に合計約八〇枚、メリケンコ糊で貼りつけたこと、右営業所建物は当時大阪アサノコンクリート株式会社(親会社)の所有であつたことが認められる。

三  本件ビラ貼り行為の構成要件該当性

(一)  建造物損壊罪について

検察官が本件ビラ貼り行為を建造物損壊罪にあたると主張するゆえんは、前記営業所建物は決して美麗なものではないが、その使用目的に相応した美観を保有していたところ、本件ビラ貼りはこの美観を著しく害し、もつて建造物本来の用途を減損したというところにある。

ところで刑法二六〇条、二六一条の「損壊」とは、建物あるいは器物本来の効用の全部または一部を夫わしめる一切の行為をいい、従つてたんに建物または器物を物質的、有形的に変更または毀損する場合のみならず、物質的有形的に変更毀損を加えないでも、これを著しく汚損してその清潔、美観を害し、事実上もしくは感情上その物を本来の用途に使用しえないような状態に変更した場合をも含むと解すべきであるが、このような「損壊」の意義からして、美観ないし外観を害する程度は、物本来の用途の全部または一部を不能ならしめる程度に達することを要するのである。

これを本件についてみるに会社は、親会社たる大阪アサノコンクリートの製造販売にかかる生コンクリートをその納入先に運送することを業務とするもので、それ以外の運送業務は行つておらず(その実態は大阪アサノコンクリートの運輸部門に等しい)、本件ビラ貼りのなされた淀川営業所は一般公衆の目に立たない大阪アサノコンクリート工場の敷地内の、裏通りに面した一隅にあつて大阪アサノコンクリートの建物の物置のような外見を呈し、その内部は日報、統計等の事務をとる事務所と運転手の集合、休憩等に使用する控室と仮眠室よりなつているにすぎず、商用等のため顧客その他の一般第三者が出入りする場所ではない。従つて同営業所は、営業上の信用を保持するための美観をとくに必要とするものでもなければ、事務所あるいは従業員の控室仮眠室としての使用上、美観が重要な意味をもつているわけでもない。しかもこれは甚だしく老朽した、余りにも粗末な木造モルタル塗(事務所の建物はスレート葺、控室等のある建物はセメント瓦葺)コンクリート床の建造物であつて、更にコンクリート工場の敷地内にあるため、セメントや砂ほこりをいつもかぶつているうえ、その北側にはすれすれに沿つて砂利を選別場に運び上げるベルトコンベアーが設置されてあり、運転中たえずその砂や泥水が右営業所建物にふりかかつている(ベルトは砂を運びあげると裏返しになつて返つてくる)有様であり、運転手が土足で出入りするところでもあつて、外観内装ともみるからにうす汚れた建物であり、凡そ美観等と言つた観念とは無縁のもので、僅かに雨露を凌ぐ程度のものと認められる。

勿論このような建造物であつても、その内容、体裁、貼り方において醜悪みるにたえないようなビラ貼りであるとか、ビラの剥離が極めて困難で補修しなければ本来の使用に耐えないほど外観を害してしまえば、やはり建造物本来の効用を失わしめたものとして建造物損壊罪が成立すると解すべきである。

しかし、本件ビラ貼りは、枚数がかなり多く、新聞紙を使用し、その貼り方において必ずしも整然とはしていないけれども、その内容は組合活動のスローガンであつて(尤も原潜、寄港反対の語もあるがその枚数はとるに足らぬ)この貼付により従来の外観に比べて右建物を著しく醜悪化したとは認めがたく、まして感情上にせよ右建物を本来の用途に使用できなくしたとは到底認められない。本件ビラ貼りによつて会社側職員が不快嫌悪感を生じたとしても、それは組合のビラによる情宣、示威活動に対する反感あるいはこれからうける圧迫感より生じたものであり、それは争議の一方当事者たる立場に特有の感情であつて外観の美醜を直接反映しているものではない。また会社の対外的信用失墜は、ビラ貼りが建物の外観を害したことによるのではなく、ビラ貼りによつて争議の存在が外部に知れることによるものである。

さらに本件ビラ(前示のようにぜい弱な新聞紙)の剥離は、時間と手間がかなりかかつているが、これは証拠保全のため、ビラを破損しないよう湯で濡らして糊を軟化させたうえ「完全な形で剥ぐ(押収にかかる本件のビラ参照)」という丁寧な方法をとつたためであり、従つて剥いだあとは原状に復し痕跡が残らなかつたことが認められる(証人藤崎功の当公判廷における供述、特にその後右建物が補修されていない時期である昭和四一年二月一一日行つた当裁判所の検証の結果)ビラをたんに除去するだけなら使用した紙質や糊と被貼付物体より見て水洗い程度で簡単にできたはずであり、そのばあいでも従来の外観に比べてとくに見苦しい痕跡を残するような貼り方であつたとは認めがたい。(石川千勝の検察官調書等によればこれが改修費の見積額約八万余円とあるが、これはビラ貼りのあと始末のためではなく、老朽した建物自体の補修費と見るべきものであることは第一〇回公判における証人藤崎功の供述及び当裁判所の検証により明白である)してみると右営業所建物に対する本件ビラ貼りは結局建造物損壊罪に該当しないものである。

(二)  器物損壊罪(暴力行為等処罰に関する法律違反)について

前記窓ガラス戸、出入口引戸に対する本件ビラ貼りについても、その美観ないし外観汚損が器物損壊罪にあたらない理由については右にのべたところと同様であるが、ガラス部分を内外から殆ど完全に貼りつぶしてしまつている前記事務所の東側及び北側の窓ガラス戸及び同東側出入口引戸に対するビラ貼りは、採光を妨げ雨天、曇天の日には昼間でも螢光灯を要したものと認められるから、これは事務所のガラス戸として採光の効用を減損したものというべく、この点において器物損壊罪の構成要件に該当する行為である。しかしその他の窓ガラス戸及び引戸に対するビラ貼りは、それらが設置されている部屋の用途、それらの採光上の機能、ビラの枚数等に照らし、いまだ本来の効用を失わしめたものとは認められない。

四  本件ビラ貼り行為と労働組合法一条二項の判断

以上のように被告人らの本件ビラ貼り行為は、その一部が採光減損により暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二六一条)の構成要件に該当するが、これが正当な組合活動として労働組合法一条二項本文の適用をうけるものであるか否かにつき次に判断する。

(一)  本件争議の経緯

会社は大阪市西成区津守町西六丁目三〇番地に本社をおき、前記淀川営業所のほか本社所在地に津守営業所をおいて大阪アサノコンクリート株式会社の製造販売にかかる生コンクリートの運送業を営んでおり、組合は昭和三三年一〇月に結成され、本件争議中の昭和三九年一〇月に第二組合が結成されるまで会社における唯一の労働組合であつた。

生コン運送業界では、かつて運転手は無制限の時間外労働を要請され、基本給がきわめて低く、時間外労働による賃金の占める割合が非常に大きい賃金形態のもとで一カ月に二〇〇時間を超える時間外労働が行われていた時期があり、その結果運転事故が多発し一カ月に四件の死亡事故が発生するような事態をまねいたため、東海運、梅田イワキ、三生運送および関扇運輸(昭和三七年末までは此花運送と称した)の生コン運送四社の労働組合が全国自動車運輸労働組合大阪生コン共闘会議を組織し、右四社と統一交渉を行つて時間外労働規制協定を結び、これにより昭和三五年春から運転手一人の一カ月当りの時間外労働は一五〇時間を超えてはならないものとされ、その後この時間規制は昭和三七年春から一二〇時間となり、さらに昭和三八年四月からは一一〇時間に短縮された。時間外労働は早朝六時頃から始業時(午前八時)までの「早出」と終業時(午後四時)から翌朝始業時までの「徹夜」と徹夜にまで至らない「残業」とに区別され、昭和三五年春頃まではすべて会社が適宜従業員を指名してやらせ、従業員もおおむねこの指名に従つて働いていた。その後「徹夜」についてはタイムカードの順に会社が指名する方法が確立され、また「残業」は仕事を終つた者の順に就労して格別の問題はなかつたが、「早出」については生コン出荷量が増加し「残業」「徹夜」がふえるにつれて次第に嫌われるようになり、しかも会社の指名する人員は逆に増加するという関係もあつて、指名が必ずしも守られなくなり、会社は必要人員を確保するのに実際の必要人員よりも余分に指名するなどの方法をとる一方それでも足りない分は日雇運転手によつて補充していた。

昭和三九年一月、会社が組合との間でとりきめていた運転手の賃金に関する協定を無視して協定額を下廻る初任給で運転手を雇傭した事件を契機に「協定に定められていない労働条件については会社と組合で事前に協議してきめる」という事前協議協定が会社と組合との間で締結されたが、まもなく会社は労務管理の強化をはかり同年四月、曽根崎警察署警備係長をしていた吉政新一を勤労課長として入社させるとともに同年の春闘の際の四社統一交渉及びその後の団体交渉において、組合に対し生コン製造工場の休転日であるため従来車輛の整備日としていた第一、第三日曜日を一斉公休日とし、その他の各週については従業員各人について会社の指定する日を休日とするいわゆる「一・三公休制」を提案し、ついで同年七月以降、組合に対し、時間外労働は会社が指名して行わせ、従業員はこれに従わなければならないといういわゆる「時間管理」(または「指名制」)を提案した。これに対し組合は、「一・三公休制」については、この制度によれば車輛整備日がなくなるばかりか、たとえば、二週間のうち第一日曜日に引きつづいて第一月曜日が公休日となる場合、すなわち二日連休残り一二日連続就労というような不規則な勤務を要求される場合が起りうるので、残業の多い勤務の性格からして、これではとても健康を保持しがたいという理由で(なおそれまでは公休は各人について毎週一回会社が日を指定して与えていた)、また「時間管理」についてもこれが従業員に対して一方的に時間外労働を強制するものであることから反対し、「一・三公休制」については従来から組合が要求している日曜完全公休制の実施の目途を会社がしめしてくれるならばこれを暫定的に受けいれてもよいこと、「時間管理」については従業員の健康維持その他の条件を考慮すべきことを主張して同年九月一九日まで四たび団体交渉がもたれたが、労使の意見が一致しないところから会社は同日、団体交渉を一方的に打ち切り、「時間管理」の実施を宣言し同月二二日早出の指名を行い、同年一〇月一日には「一・三公休制」の実施を職場に掲示して発表した。組合はこれらの労務体制に反対する方針をとり、右早出の指名には従わなかつた。これに対し会社は組合に対し労働基準法第三六条の協定(いわゆる三六協定)の締結を申し入れ、組合が「時間管理」反対の理由からこれを拒否するや、三六協定の締結に組合の協力が得られないため時間外労働を適法にさせることができないという名目で(それまでかなりの長期間三六協定なしで従業員に時間外労働をさせていた)同年一〇月一七日から組合員の時間外労働を停止し、つづいて同月二〇日、組合にチエツクオフ協定の廃棄を通告した。その間同月一八日には淀川営業所において、修理工比嘉吉彦を委員長とする関扇運輸従業員労働組合(第二組合)が、さらに同年一一月一九日には津守営業所において運転手三野護を委員長とする関扇運輸津守従業員組合(第三組合)が相次いで結成され、いずれも会社の労務管理に従う方針をとつたが、右比嘉吉彦は昭和三八年四月に、淀川営業所の修理工として入社しながら昭和三九年春頃から数回にわたり東京や郷里の沖縄に出張して運転手の募集に従事し、三〇名近くも入社させていること、そして病気と称して月の半ば以上を休み、通勤等にも自家用車(セドリツク)を使用し、本件争議中は出社しても修理工としての仕事はせず、もつぱら事務所に出入して本社との連絡業務に従事していた人物であり、同人は第二組合の結成にあたつて多額の金を消費しているが、この金は会社から出されたものと推認されること、淀川営業所雑役婦で組合員の広岡ハナは、比嘉吉彦らに説得されて同年一〇月二四目、同営業所仮眠室において比嘉吉彦、同営業所所長藤崎功らの面前で組合脱退届をかいているがその際右藤崎から「私にまかせとけ」「私が引き受けるから」といわれており、またその二、三日前には吉政勤労課長から「おばさん中立になつたらどうか」といわれ、そのあとで右広岡が藤崎所長に「私が組合に居たらどうなるか」ときいたところ、同人から「馘になるかも知れん」といわれていること、第三組合結成のための会合に本社勤労課の片山主任が出席していたこと、その他第二、第三組合結成にいたる準備工作のいきさつを綜合すれば、組合分裂、第二、第三組合の結成が会社の指示ないし援助で行われたことはその当時から明らかであつた。会社は第二、第三組合が結成されるとただちにこれら組合と三六協定を締結し当該組合員の時間外労働停止を解除し、一方では組合執行部を忌避する旨の告示をなした。

組合員は時間外労働の停止措置によつて一挙に収入が半減し、たちまち生活難に陥り、そのため会社から時間外労働の停止を解除してもらいたいばかりに組合を脱退する者が次々と出て、津守営業所では第四、第五と分裂組合ができる有様であつた。ここにいたつて組合は同年一一月二二日臨時大会をひらいて闘争宣言を発し、以後労働基準局、陸運局に対し行政指導を要請し、大阪地方労働委員会に対して会社の不当労働行為(組合に対する支配介入、時間外労働の差別待遇その他)からの救済を申し立てたほか、会社に対する抗議、職場の内外におけるビラ貼り、ビラ配り等の組合活動を展開した。本件ビラ貼り行為はそのひとつである。

(二)  会社の不当労働行為

このように、本件争議は、昭和三九年の春闘以後、会社が労務管理を強化するため、組合の反対を押しきつて「一・三公休制」と「時間管理」を実施しようとしたことから起つたものであるが、自動車運転のような身体精神の緊張度の高い業務において、時間外労働の方法、形態、時間制限等を決定するにあたつては、労働者の健康保持にとくに留意すべきところ、道路交通事情の悪化によつて交通事故が激増し、職業運転手の過労防止が強く叫ばれている今日、本件のように、より高い緊張度を要求される重車輛(コンクリートミキサー車)の運転業務でありながら、月に一人一〇〇時間以上の時間外労働を常態とし、その形態も一般企業と異つて残業のほか「早出」「徹夜」があり、しかもこれら時間外労働に対する賃金が総賃金額の半分を占め、生計を維持するためには時間外労働をせざるをえない労働条件のもとでは、労働者の健康保持は一層考慮されなければならない。従つて従来の時間外労働の管理方式を改めようとするばあいには適当な方法を組合と十分協議すべきであり、まして前述のように労使間に労働条件に関する事前協議協定が存在している以上、会社が組合との協議がととのわないうちに「時間管理」を強行しようとした態度は是認しえないものであり、これに組合が従わなかつたからといつて非難することはできない。また「一・三公休制」の問題についても、これは従来の車輛整備日をなくし、運転手の労働を強化するものであるから同様のことがいえる。ところが会社は組合が「時間管理」や「一・三公休制」に反対し、「早出」の指名を拒否したのに対し、比嘉吉彦らに指示ないし援助を与えるなどして組合切崩しを行うと同時に組合員の時間外労働を停止し、他方比嘉吉彦らによつて第二、第三組合が結成されるやただちに同組合員に対しては右停止措置を解除して不当な差別待遇をなし、さらに組合とのチエツクオフ協定の一方的廃棄、組合執行部の忌避等を正当な理由なくして行つており、これらはいずれも組合組織の弱体化を目的とする不当な支配介入ないし差別待遇といわざるをえない。

(三)組合活動としての正当性

ビラ貼りは、労働組合活動の主要部分をなす情宣活動の一手段であり、ことに労働争議におけるビラ貼り活動は、組合員に団結をよびかけ、一般公衆に争議の存在と組合の意見、要求を宣伝し、組合への支援を訴えることを目的とする情宣活動であると同時に使用者に対する抗議あるいは示威運動として有効な組合活動である。そしてこれが企業施設を利用して行われたため使用者の施設管理に支障をきたしたばあいにもそのことからただちに組合活動としての正当性を失うものではない。もともと企業別組合の組合活動は必然的に企業施設を舞台として展開せざるをえないのであるから、その結果使用者においてある程度の不利益を受忍すべき場合のあることはやむを見ないところである。そこでビラ貼りが争議行為としてなされているばあい果してそれが正当な行為かどうかを判断せねばならぬが、これは損壊(被害)の程度や労使の力関係、攻撃、防禦の流動的状況に即し、とくに使用者側の態度との関係において弾力的、相対的に考察すべきものである。

本件争議において会社のとつた態度は、前述のとおりであり、なかでも組合に対する破壊工作はその団結権を犯し次ぎ次ぎと組合員の脱落を来し、また組合員に対する時間外労働停止の措置は、長時間の時間外労働によつてはじめて生計を維持するに足る賃金を得ていた組合員に対してまさに「兵糧攻め」の打撃を加えるものであり、このような決定的ともいうべき会社の攻撃にさらされた組合は、強力な争議手段でこれに対抗することを迫られていたが、本来ならばもつとも有効強力な争議行為であるストライキやピケツテイングが前叙のような事由による第二、第三組合や日雇運転手の存在及び時間外停止措置によつて生じた組合員の心理的動揺、脱落によつて不可能な状況であり、(本件ビラの大部分が団結の語であることが端的にこの事実を示している)ビラ貼りこそが残された殆んど唯一の争議手段であつたのである。これは前叙のように使用者に対してストライキやピケツテイングほどの直接且つ強大な影響力を持ちえないとしても頼り得る争議手段であつたと認められる。従つて組合が会社の激しく且つ悪らつな不当労働行為をはねかえして組合員の団結権を守り、その要求を貫徹しようとするためには、ビラ貼りの効果を最大限に発揮させる必要があり、これがため態様が判示認定の程度に及んだこともやむをえなかつたと認められる。他方これによつて会社が受けた不利益は僅かに事務所において採光が減損したという程度であり、これもその執務内容(精密な事務を行つているわけではない)からしても比較的軽微な支障を生じたにすぎず(だからこそ会社の方も争議中、事務所の一方の窓一面に模造紙の告示文を貼るというようなことをしている)、また会社営業所施設の所有者たる大阪アサノコンクリート株式会社は、本件争議の第三者であるが争議の第三者といえどもその所有建物を企業施設として貸与している以上、当該企業の労働組合が組合活動として企業施設を利用することから生ずる不利益をある程度受忍すべきことは当然であるのみならず、大阪アサノコンクリートは会社の親会社であつて実質的には本件争議の当事者的役割をはたしていたと認められるのであり、しかも前記事務所のガラス戸に対する本件ビラ貼りによつて同社が受けた被害はきわめて軽微であつて、前述のように水洗いによつて簡単且つ容易に原状回復しうる程度のものであるから、結局本件ビラ貼り行為は組合の団結権等を防衛するためのやむをえない組合活動であり、かつこれによつて争議の相手方及び第三者の権益を、その受忍すべき限度を超えて侵害したものとは認められないから労働組合法一条二項本文の適用ある正当な組合活動の範囲を出ないものと認めるのが相当である。

五  建造物侵入について

本件のビラ貼り行為は、以上の理由によつて正当な組合活動である。

してみると前記営業所建物は被告人ら組合員の組合活動が保障されるべき職場であり、同営業所の看守者において当時被告人らの入場を拒否すべき特段の事情も、また被告人らの入場の態様において違法な点も認められないから、被告人両名が本件ビラ貼りのため前記営業所建物に立ち入つた行為はなんら建造物侵入罪に該当するものではない。

よつて被告人両名に対し刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。

(裁判官 吉益清 梶田英雄 安井正弘)

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